ゴルファー心理・プレー態度について。

ある小コンペでプレーして感じた事について書いてみる。
その日私は大変調子が悪く110を超えるスコアを叩いてしまった。或るローハンデのプレーヤーは、普段私の言をでかい態度と受け止め、反感を抱いているのか、その日は完全に無視された。他のプレーヤーは何のわだかまりもなく接してくれているのに。時としてゴルファーの中には、このような態度をとる人が結構いる。所謂切れ者にそういう態度を取る人が多いように思う。確かに言行不一致の者に対して我慢がならないのかもしれないが、筆者はこの手のやからが大変苦手である。プレーヤーそれぞれの性格だからといってしまえば、それまでだが。ラウンドをしていて、寛大な人が好きだ。二クラウスの比較的ゆったりしたプレーをゲーリープレーヤーが、からかうのをそばでニヤニヤしながら、軽く受け流している図は大変ほほえましい。物事の判断は極めて多様である。同じ行為に評価が賛否二分することがある。どちらにも理ありと言うのが、大人の対応と言う物だと思う。この辺の考えは、ゴルフに限らぬ事と思う。
自分はゴルファーとして、自身は謙虚で、他人には寛大でありたい。人の言葉には耳を傾け、反省すべきは、反省し、上手(ウワテ)のプレーヤーから学ぶべきは学び、同力量のプレーヤーにはひそかな闘争心を燃やし、下手(シタテ)の者には、目に余るプレーに対してだけは、思いやりで接したい。他人の意見に対して、他のプレーヤーに迷惑を掛けていないか、全体のプレーに影響を及ぼすような、スロープレーになっていないか、だけはわが身を振り返って見なければならない。自分のペースだけは努めて守りたい。それを崩すと、かえってショットは乱れ、時間をロスする事となる。その分ショット以外の時間短縮を心掛けたい。歩く時間をテンポ良くしたり、他人のショットに邪魔にならぬ範囲で、マイボール近くへ行き次打に対する準備を心掛ける。
スコアで人間の格が決められる傾向がある。
ある人が言った言葉だが、「ハンデが36の時は呼び捨てにされ、アベレッジゴルファーの時はさん付けとなり、シングルになると、〇〇先生に昇格した。
」と。ゴルフ界はどうも腕前で人間の格まで決まってしまう傾向がある。
社会的地位の極めて高い人が、レッスンプロにくそめそにされている図が過去にはよく見られたものだ。もちろん今では、そういうことは殆どないと信じたい。客観的に見た場合、自分が裸の王様である事が往々にしてあるので、充分に戒めて行きたい。