研究論文Ⅱ

「ゴルフスウィングの上半身複合運動に関する身体構造面からの分析」

村田 久(品川クリニック 整形外科)

An attempt to physically and geometrically analyze the human upper body movement in a golf swing.
―――Hisashi Murata, MD(orthopedics)

Abstract

This study is an attempt to analyze human upper body movement in a golf swing which uses complex and numerous joints.
I tried to introduce the concept of a ‘virtual axis’ existing between the swing center and the grip end.
This is what a golfer visualizes when making a swing.
Thereby the rotational motion of both arms becomes simplified.
The rotation of this virtual axis implies the same as forearm rotation or wrist turn.
The complex upper body movement of a golf swing is fundamentally defined by one hinge and two rotational motions.
One and two-lever systems are analyzed in these fundamental motion factors.
The rotation of the ‘L-Shape’ which consists of the virtual axis and the club shaft is said to be a very important factor influencing the acceleration of the club-head.

key words

virtual axis, two rotation-one hinge, fulcrum and rotational axis of pendulum, one and two lever systems, rotation of ‘L-Shape’

キーワード

仮想軸・ツーローテーションワンヒンジ・振り子運動の支点と回転軸・ワンレバーツーレバースウィング・くの字の回旋

■はじめに

本来ゴルフに限らず、スポーツパフォーマンスの解析は心理面、力学面、人体の解剖生理学面、用具面等々の総合的観点よりなされるべきものと思うが、どうしても研究者の専門分野中心の研究に堕しがちである。従って理想の研究は、多くの専門家の揃った総合施設(例えば日本ゴルフ学会)でなされるべきものと考える。
小生も、他の理屈好きのゴルファーと同様に、自己の専門分野である整形外科医としての立場から、常々身体の仕組みからスウィングメカニズムを意味づけする習慣が身に付いた。
ゴルフスウィングの基本的とも思える、骨格面よりのスウイング分析に関する研究が比較的少ないように思える。整形外科医の立場から、骨格面よりスウィングのメカニズムを追試し続けて以来興味深い発見が多々あり、分を顧みず、その一端を披瀝して他分野の方々からも、ご批判を仰ぎたく執筆した。
この論文では、上半身の動きについて、主として骨格及び幾何学的構造面よりの考察について記述する。
ゴルフの名手たちは、自己のセンスを基盤に、先人たちの技から学び、且つ自己のあらゆる知識を動員しつつ、数限りないボールを打ちながら、試行錯誤の結果、自身のプレースタイルを完成させている。
時代時代で、ゴルフ用具などに影響されながら、多くの名プレーヤー達が存在する。多種多様であり、まるきり同じフォームという事は先ずない。
まるで正反対のことをやっているように見えることも、まれにある。
芸術的とも言えるような、美しいスウィングもあれば、一見奇異な感さえ抱かせられるようなユニークなスウィングの達人もいる。
いずれにしても、ある程度結果を出しているプレーヤーの技は、人間の持つ特性を磨き抜いて、作り上げたものばかりである。
例えばテンポの凄く速いプレーヤーもいれば、アーニーエルスや宮里藍プロのような極端に遅いプロもいる。
陸上競技では、短距離タイプもいれば、長距離タイプもあるように、である。
人間の種々の特性は、それぞれ長所と短所を合わせ持っている。従って、人間である以上、名人達にも時として、特性の短所が顔を出してミスを犯すことがある。
このプレーヤー達のパフォーマンスの中に、身体的合理性を見出す事こそ筆者にとっての最大の愉悦である。

1.仮想軸の概念の導入

ゴルフスウィングの上半身の動きに,スウィングセンターからクラブのグリップエンドまでの部分に仮想軸を想定して見た。
スウィングの基準となる左右の上肢の長さが、アドレス或いは、インパクトを境に、飛球線後方側と前方側とで、変わることの複雑さを単純化して考えるために、この概念を導入して見た。ゴルフスウィングは、右利きの場合に、テークバック・トップ・ダウン・インパクトまでは、左上肢主体で、フォローでは右上肢主体と成るので、スウィング全体を考える上で、極めて複雑となる。それを上記のような仮想軸を想定し、その軸の回旋として考えると、スウィングの成り立ちの理解が極めて容易となる1) 。
アメリカの著名な女子プロのスティックピクチャー10 phaseについて太線で仮想軸を記して見た(図1)。

図1:アドレスからインパクトを経てフィニッシュまで
注)著者独自の方法により、プロの連続写真から作成したものである2)。

レッスン書にはよくスウィングの際に両上肢で作られる二等辺三角形を出来るだけ保ってスウィングするように書かれているがまさにそのことと同じ意味を持っている3)。
アニカソレンスタムは、トップでなるべく右肘を伸ばすように勧めている。
手首の返し・リストターン・フォーアームローテーションと言う表現は全て、この仮想軸の回旋と考えられる。
これを関節骨格の動きとして詳細に考察すると、両肩関節の内外旋・両前腕の回内外・両肘関節の屈曲等の複合運動と捉えられる。
 関節構造的に見て、テークバックで所謂コックが行われて右肘が多少曲がり、フォローで左肘がやや屈曲してリコックされても、仮想軸の長さは殆ど変わらず、またグリップエンドと両肩関節のなす二等辺三角形も崩れない。
この形がスウィング中に、出来るだけ保たれることが再現性の高いスウィングを作り上げることとなる3)。

2.ツーローテーション・ワンヒンジの基本形

ツーローテーション・ワンヒンジの基本形にもう一つのヒンジ(コックを入れたもの)を加えたツーローテーション・ツーヒンジは応用型とする。
上半身の動きは、躯幹部(肩甲帯を含む脊柱)のローテーションと仮想軸のそれとのツーローテーションとスウィングセンター部に於ける躯幹部と仮想軸のなす屈曲部分の所謂〈剣道のお面の動き〉に相当するヒンジ運動のツーローテーション・ワンヒンジが基本形となる。
更にグリップ部分のコックに相当するヒンジ運動を合わせてもツーローテーション・ツーヒンジの4つの基本運動から成り立つと思われる。
前者はノーコックの場合で、ヒンジ運動が一つ減ってツーローテーション・ワンヒンジと最も単純化される。ゴルフスウィングの上肢の動きはこれらの3乃至4の基本的動きの複合によって成り立つものと思われる。
ツーローテーション・ワンヒンジの場合のスウィングアークは半径同一な円弧(円)運動と考えて良い。スウィングセンターからクラブヘッドまでの距離は一定である。この傾向は距離の一定化を目的とするアプローチに著しく、少しでも、距離を求めるドライバー等はコック(スウィングセンター方向へ向かうクラブヘッドの重みによる自然な動き)を取り入れたツーローテーション・ツーヒンジとなる。
先日全米シニアプロゴルフ選手権を制した井戸木鴻樹プロのスウィングはドライバーでさえ、正にこの前者のパターンの様なスウィングであると思う。 
最近のプロは洋の東西を問わず、用具・筋力トレーニング等の影響かドライバーでもピンポイントショットを目指すためかツーローテーション・ワンヒンジを心がけるプレーヤーが多いように思われる。
身体の各部の動きと加速を求められるクラブヘッドの動きの関係を考える上で図2のような実験モデルを作成した。
1箇所のヒンジ運動(コックを加味する場合は2箇所のヒンジ運動)と2箇所の回旋運動のコンビネーションで色々なスウィングパターンを作り出す事が出来る。
図3はアドレス・テークバックハーフウェイ・トップ・ダウンハーフウェイ・インパクト・フォローハーフウェイ・フィニッシュを模式化したものである。

〈記号説明〉
S- spine(脊柱)-回旋運動<約90度>
A- 両上肢を複合した仮想軸-全体としての回旋運動(肩関節の内外旋運動及び前腕の回内外運動が併合したもの) <約90度>
C- club shaft(ゴルフクラブ)-剛体として考える。
J1- スウィングセンター(第7頚椎周辺)と仮想軸の接合部-ヒンジ運動(蝶つがい運動) <30度から45度位>
J2- 仮想軸とグリップエンドの接合部-ヒンジ運動(蝶つがい運動)
〈注〉
*角度はアドレスからトップまでの可動域
* J1及びJ2における可動方向はJ1で所謂「剣道のお面の動き」とJ2で所謂「コックと言われるスウィングセンター方向に屈曲する動き」に制限してある。
図2:ゴルフスイングの実験モデル

図3:ゴルフスイングの模式化

3.ワンレバースウィングとツーレバースウィングの違い4) 5)

ワンレバースウィングとは最も基本的なスウィングで、飛ばすことを目的としないパッティングやアプローチのチップショットのような単純な振り子運動によるスウィングである(図4)。

図4:パッティングの振り子運動2) 6) 7)

図5:脊柱から上腕骨に至る骨性連絡2) 8)

図6:ワンレバースウィング

ゴルフスウィングの場合には、第7頚椎周辺が支点となり、そこから肋骨・胸骨・鎖骨・肩甲骨・両上肢を介してそれらを固定した状態でクラブシャフトの先端のクラブヘッドに至るレバーが振り子運動をすることになる(図5)。振り子の回転軸はスウィングセンター周辺の傾斜によって決まる。振り子運動の最下点は正面から見て、当然スウィングセンターの真下真ん前になる(図6)。
ツーレバースウィングはある程度以上の飛距離を必要とするピッチエンドランより大きなスウィングの全てで行われる。
前項で述べたツーローテーション・ワンヒンジ・ツーローテーション・ツーヒンジ・仮想軸とクラブシャフトから形成される所謂「くの字」(英語でL-Shapeと表現)の回旋等が関与して来る。これが、クラブヘッドのスピードを作り出すこととなる。またスウィング全体の最下点をスウィングセンター(第一の支点)の真下より左寄りのグリップエンド(第二の支点)の真下に迄もたらすことが可能となる(図7)。

図7:ツーレバースウィング

このメカニズムは、芝の上にあるボールをハンドファーストで捉えることが大前提となる事を証明している。
身体の正面から見て、フェアウェイウッドやロングアイアン等の体の中心より
やや左寄りにあるボールをヒットする事が可能となる9)。

4.くの字の回旋のからくり―他の球技における「くの字」の力学について

仮称「くの字の回旋運動」:クラブヘッドの動きを加速させる重要な動きの一つとして、グリップ部分における仮想軸とクラブシャフトが一定の角度を形成(所謂平仮名のくの字状の部分)した状態で、仮想軸が回転(ローテーション)する機構が存在すると思われる(図8)。

図8:ハンドポジションの角度の影響

この機構を実際のゴルフスウィングのパフォーマンスに活かす為(単純化・再現化を実現可能にするために)に前述のツーローテーション・ワンヒンジの基本運動が、微妙に関係する。
クラブヘッドが可及的にスウィングプレーン上を動く事によってブレの少ない弾道のボールが打てることになる。しかしここで厄介なのは、ボールを遠くへ飛ばす仮想軸のローテーションは、フェイス面がスウィングアーク上で大きく変化するというボールの軌道を制御する難しさの反面を有している事である。ここにFar and sureの両立の相反する要因が存在する。飛んで曲がらないボールを如何にしたら、達成出来るかというゴルフの永遠のテーマがある。
一般的にはクラブヘッドの加速性は「くの字」の角度の大きさに比例するように思われるが、実はそう単純ではないように思われる。ハンドポジション・遠心力・コック・リコック・再現性・ミート率など等色々な要素が絡んでくるためであろう(図9)。 

図9:テークバックからインパクトまでのフェイス面の変化想定図
(スウィングプレーンに対して直角方向より見たフェイス面の変化)

くの字の回旋は勿論3次元的動きとして、捉えねばならないが、前述のS(R-1)のローテーションとJ1(H-1)のヒンジ運動が、軌道の単純化形成に重要な意味を持っていると思われる。
ほんのわずかな角度の「くの字」も意味がある。
ノーコックでも、シャフトが長いとタメ効果が充分に得られる。
スウィングプレーンが傾斜しているために、正面から見るとトップでは「くの字」の角度はかなり鋭角に見える。
このメカニズムは、他のボールを遠くへ飛ばす球技スポーツ-例えば野球のバッティング・ピッチング・テニス・ピンポン・ハンドボール・バトミントン等の場合に、そのパフォーマンスのどこかに応用されていると思われる(図10)。

図10:いろいろなスポーツにおける「くの字」のパフォーマンス

5.まとめ

①ゴルフスウィングの複雑な上半身複合運動に関して骨格及び幾何学的構造面より考察し、仮想軸の概念を導入することで、左右上肢の動きを一本化し運動の基本を簡易化して見た。リストターン・フォーアームローテーション等の表現は全て、この仮想軸の回旋と考えられた。
②複雑な上半身複合運動も躯幹部と仮想軸の二つのローテーションと躯幹部と仮想軸の接合部に於ける一つのヒンジ運動の三つの基本運動の複合と推定された。実験モデルを作成しこれらの運動の分析を試みた。
③ワンレバースウィングとツーレバースウィングの違いの理解が容易になると思われた。ワンレバースウィングは単純な振り子運動であり、ツーレバースウィングは、前述の三つの基本運動の複合と推察された。
④仮称「くの字」の回旋運動のからくりは、ゴルフスウィングの本質とも言える加速に密に関与しているものと推察された。またこのメカニズムが他の球技にも随所に活用されていることを示唆しているものと考えられた。

この「くの字の回旋のメカニズム」については、特に他のスポーツのパフォーマンスについて研究されておられる方々に是非とも追試して頂きたい。下半身の動きを加味したスウィングの分析研究は今後に委ねることにしたい。

■参考文献・資料

1)ベン・ホーガン:モダン・ゴルフ ベースボール・マガジン社. 1998 pp.82-83,

2)村田久:ゴルフスイング私論―身体の仕組みからの考察―ゴルフの科学 Vol.13, No.3 2000. Pp.58-61,

3)デビッド・レッドベター:アスレチックスウィングの完成 塩谷紘 訳・坂田信弘監修(ゴルフダイジェスト社)1993 p.75,

4)倉本昌弘:本番に強くなるゴルフ(ゴルフダイジェスト新書)2009 pp.31-35,

5)Alastair Cochran and John Stobbs: The search for the PERFECT SWING (パーフェクトスウィングの探求)(日本語訳)スタジオ・シップ. 1991  pp.20-27,

6)芝草順二:バッティングの教科書(マサランド社)1988 pp.74-75,

7)村田久:身体構造から見たパッティングの科学・Choice, 2004-3, ゴルフダイジェスト社. pp.42-43,

8)J.Castaing,J.J.Santini共著:関節・運動器の機能解剖-上肢・脊柱編 協同医書出版社. 1986 p.5

9)内藤雄士:Golfer’Base DVD Vol.1基礎編 ジェネオンエンタテイメント株式会社2005